幸福論 歌手:椎名林檎 作詞:椎名林檎

1998年5月にリリースされた椎名林檎のデビューシングルです。
歌詞はこちらで。
椎名林檎の書く歌詞は難解です。独自の言葉のチョイスの中に思想や哲学が見え隠れし、聴き手が自分なりに解釈しても、それが作者の意図する事に近づけるようで近づけない感じがします。井上陽水と並んで「2大解釈泣かせ」です(笑)
その中でも、この曲は割りとストレートな表現で、シチュエーションが考えやすい歌詞になっています。
タイトル通りに主人公の女の子が「しあわせ」について考えた歌です。
◇1コーラス目
本当のしあわせを さがしたときに
引用元
愛し愛されたいと 考えるようになりました
「幸せ探しの旅」程大げさじゃなく、身近な「しあわせ」を探しているのでしょう。そこで彼女は単純に「愛したい。愛されたい。」という人間の基本的な感情が「しあわせ」に通じているのだと気付きます。
そしてあたしは君の強さも 隠しがちな弱さも汲んで
引用元
素顔で泣いて笑う君に エナジィを燃やすだけなのです
引用元
彼が見せる強さ、そして隠そうとしている弱さ。全部ひっくるめて、愛してみよう。と彼女は考えたのです。もしかしたら、受け入れる事が出来ない部分があったとしても、「エナジィ」を燃やして愛してみようと。
時の流れと空の色に 何も望みはしない様に
引用元
そう、何も深く考える事はありません。止められない時の流れや変えられない空の色に何かを望んでも無理な様に、自然体で望む決意をしたのです。
◇2コーラス目
本当のしあわせは 目に映らずに
引用元
案外傍にあって 気付かずにいたのですが・・・
彼の全てを受け入れる事で、何かを感じ始めた彼女。今迄、スルーしていた目に見えないものに気付きます。
かじかむ指の求めるものが 見慣れたその手だと知って、
引用元
「かじかむ指=しあわせを求めて彷徨う心」でしょうか。漠然と延ばした指先で触れたものが見慣れた筈の彼の手でした。その瞬間、ビビッと静電気のような刺激が走り、彼女にとっての「しあわせ」が何であるのか見えてきたのです。
あたしは君のメロディーや その哲学や言葉
引用元
全てを守る為なら 少し位する苦労もいとわないのです。
彼が発するもの(メロディー、哲学、言葉)とは彼の生き方そのものの事でしょう。
彼の全てを守る為に苦労をいとわない。しかも「少し位」と前置きするところが、リアルさを表現しています。もし「全部捧げます」とかいう表現なら、そこで嘘っぽく聞こえてしまうでしょう。
素顔で泣いて笑う君の そのままを愛してる故に
引用元
くりかえしたサビの箇所。彼女が自然体で彼を愛するからこそ見える部分。掛け値なしの彼の「素」の部分。理屈なく愛おしいと感じる部分なのです。
そして彼女は自分にとっての「しあわせ」を導き出します。
君が其処に生きているという真実だけで 幸福なのです。
引用元
「しあわせ」に辿りけるように素直な気持ちで彼を愛してみた彼女。そこで気付いた愛おしい存在。彼の全てを守りたいと思った彼女。
純粋に自分が愛したいと思った彼の存在自体が彼女にとっての「しあわせ」でした。
人間が自分にとって大切なものが見えない時は「自然体」で臨む事が大事なのかもしれませんね。
時の流れは止められず、空の色も変えられないのですから。